かくも凛と凛と 凛 と、


 テオ将軍率いる軍の急襲を受けた日。ひとり足止めに残ったパーンは、夕食の時間を過ぎても帰ってこなかった。
 ちりぢりに逃げた兵は付近の町や村に匿われたのだろう。見知った顔ばかりが、這々の体で本拠地へと辿り着く。
 湖を染め上げる夕焼けは、大地に染み込んだ血よりも赤く。
 色が塗り重ねられ、暗く濃くなっても。強い風の吹く、夜が明けても。
 望んだ知らせは、とうとう訪れなかった。
 翌日、偵察に出していた兵から「戦闘の痕跡しか見つからなかった」と報告を受けたティルは、静謐な表情で頷いた。
 横で聞いていたフリックの方が、動揺して斜め下の横顔を凝視してしまったくらいだ。周囲の人間が痛ましげな視線を向けても、小さな背中は凛として揺るがなかった。
 だが、フリックは知っている。
 昨夜、明かりが落ちたはずの軍主の部屋から、人影がひっそりと抜け出したことを。寝付けなくて廊下をうろついていたからだ。
 敗戦の衝撃に、城自体が疲れ果てたかのように、沈鬱な眠りについている。辛うじて見張りの立つ船着き場、その手前で少年は足を止めた。
 耳を澄ましたところで、吹き荒ぶ風にかき消され、小舟が近づく音など聞こえないだろうに。
 声を殺して泣くでもなく。まだ希望を抱いているようでもなく。ただ、帰ってこないという現実と向き合っているのだろうか。
 じっと対岸を、波の立つ湖を見つめる背中を見ていられなくて、フリックは踵を返した。近くにビクトールの気配があったから、護衛はそれで十分だろうと思ったのだ。
 リーダーとしては理想的な姿なのだろう。そう、望んでいたはずだ。グレミオの仇であるミルイヒを許す姿など、認められず意地を張っていた自分が恥ずかしくなるほどだった。
 だから、思うことなどないはずなのに。どうしてだろう。
 少年の肩を掴んで喚き出したい衝動に駆られた。呑み込んで、背を向けた。
 ────そして、次の戦いで。
 パーンの命を呑み込んだ夕焼けよりも鮮やかな赤に包まれながら、ティルは己の父親に、致命傷となる一撃を叩き込んだのだった。

 夜に浮かぶ月は、急に空を覆った雲に隠されてしまった。
 夕焼けがいやに赤かったから、このまま雨が降るのだろう。昨日はカンテラがなくとも外を歩けるほど、月が明るかったのに。
 帝国軍の残党の処遇だけ決めて、ひとまず戻れる者は本拠地に帰還している。戦後処理や戦場の片付け、弔いは明日だ。雨が降ればなお面倒だが、仕方ない。
 のろのろと階段を登っていたフリックは、ふと足を止めた。
 夜も更けたせいか、階下は既に明かりが落とされ、人の気配もほとんど感じない。ひやりとした静寂だけが横たわっている。
 窓の外に視線をやれば、空どころか対岸の町にも灯火一つ見えなかった。
 ひどく暗い、夜だ。湖と空の区別すら付かない、一面の闇。外を眺めていると、呑み込まれそうな心地になる。
 戦いには勝ったはずだった。それも百戦百勝と謳われる、帝国軍屈指の将軍を倒したのに。
 喜びなど欠片もなく、疲労とやるせなさだけが胸につかえている。
 オデッサが遺した火炎槍は鉄甲騎馬隊を容易く打ち破ったが、敵軍とはいえ炎に巻かれて死にゆく様は地獄のようだった。勝ち戦でありながら、兵士たちの中には腰が引けている者もいた。
 無理もないと思う。戦いに、人死にに慣れたフリックでさえ、あれほど悲惨な戦場は見たことがない。終わったときには安堵が先に立ったほどだ。
 降伏してくれればよかったと、脳裏をよぎらなかったと言えば嘘になる。
 それでも、テオ将軍が降伏を選ばなかった理由はわからないでもない。意地も誇りもあるだろうし、ティルのためでもあるのだろう。想像でしかないが、そう外れてはいないだろうと思う。
 腹の底からため息が這い上がってきた。
 重い足を叱咤して、再び階段を登る。すぐに、軍主の部屋がある最上階に出た。
 見知った顔ではなく、兵士が護衛に立っている。これでも副リーダーだ。誰何されることもなく、ティルの部屋への道を通された。
 明かりが消えていたら、なにも言わずに戻ろう。
 そう思ってはいたが、道々通り過ぎた大半の部屋とは違って、ランプの明かりが扉の隙間からほんのりと漏れていた。
 起きて、いるのだろうか。
 あるいは消し忘れているだけかもしれない。
 寝るまで世話を焼いていたグレミオも、競うように護衛に立っていたパーンももういない。クレオも、さすがに寝ているのだろう。
 息を吐く。深く、吸う。
 覚悟は決めてきたつもりだが、もう一度腹に決意を沈めた。
 コン、コン、と小さく二度ノックする。
「誰?」
「フリックだ。……今、いいか?」
「どうぞ」
 穏やかな声が返ってくる。動揺も不審も、そして悲しみも、感じさせない声だ。頼もしいはずの、声だ。
 ────腹が立つほどに。
 気がつけば、フリックは奥歯を食いしばっていた。
 ポーカーフェイスは得意じゃないが、努めて表情を消す。自然な動作を装って、扉を開けた。
「なにかあった?」
 少年は椅子に座っていた。本でも読んでいそうな姿勢だが、机の上にはなにもない。それでいて、何事もなかったかのような顔でフリックに尋ねてくる。
 一瞬、フリックは言葉を忘れた。
 代わりに、ここまで片手で下げてきたものを掲げてみせる。酒だ。それも、手持ちで一番強いものを持ってきた。
 意図が読めなかったのか、珍しく胡乱げな視線を向けられる。
 さすがに戦勝祝いと言い出すほど無神経ではないつもりだが、ついこの間まで一方的に突っかかっていた自覚はある。
 不審がられるのも当然だな、と苦い笑みが浮かんだ。
「寝付けないんだ。付き合ってくれ」
 白々しい言い訳だ。疲れていようが、なんなら寝ていようが、酒盛りに誘ってビクトールが断るはずがない。
 ティルは二度、瞬いて。ふ、と口元だけで笑ってみせた。
「いいけど、つまみなんてないよ」
「塩がありゃ十分だろ」
 酒場も今日は開店休業だ。引くつもりはないと言外に示せば、ティルは苦笑して迎え入れてくれた。
 うっかりグラスを持ち込み忘れたときは『しまった』と思ったが、ティルは無言で部屋の隅から二つ出してきた。
 透明度の高いそれに、ほんの三口で終わるような量を注ぐ。
「ほら、飲めよ」
「君が寝付けないんじゃなかったっけ?」
 などと可愛げのないことを言いながらも、ティルは大人しく口をつけた。慎重にグラスを傾け、微かに眉を寄せる。どうやら酒精が強すぎたらしい。
 フリックは自分のぶんをぐいと呷った。アルコールが喉を焼くが、傭兵たちを相手に酒盛りをしてきたフリックは、この程度で酔いはしない。
 ちびちびと酒を舐めていたティルのグラスが空になれば、すかさず注いでやる。
 自分は手酌だ。ティルが気にする素振りをみせても、知らぬふりでグラスを傾ける。
 しばらく、無言がその場を支配した。
「……なにか、言いたいことがあったんじゃないの?」
 いい加減、酒が回ってきたのだろう。眼差しがとろりと潤み、白い頬には血の気が戻っている。
 もう十分とばかりにグラスを置いて、ティルが口を開いた。
 こちらを見据える目の奥には、意思の光がまだ強く灯っていた。それを崩したくて、らしくもなく強い酒を持ち込んだのだが。
 限界か、と塩をつまんだ手を戻して、向き直った。
「特にないな」
「じゃあ、なんで?」
 サシで酒盛りがしたかったわけでもないだろう、と大きな目が無言で訴えてくる。
「おまえこそ、なにか言いたいことはないのか?」
「僕?」
 不思議そうに、バンダナが外された頭が傾く。艶やかな髪がさらりと揺れた。
「恨み言でも、八つ当たりでも。俺しか聞いてないんだから、なにを言ってくれてもいいぜ」
 一瞬、ティルはぽかんとしたように見えた。
 普段大人びた──というよりも大人顔負けの──笑みを浮かべているのに、泰然とした印象を落っことせば、幼子のように無防備に見える。
 いや、まだ、十五歳の子どもなのだった。
 もちろん十五で既に独り立ちしている子もいるし、ティルだとて解放軍のリーダーを立派すぎるほどに努めている。だが自分の十年前を考えれば、まだまだ子どもらしい幼さや未熟さが抜けきらない年齢でもあった。
 アルコール混じりの吐息を、どうにか喉の奥に押し込める。
 すると、衝撃から立ち直ったティルは、声を上げて笑い出した。
「もしかして、僕に詰られるつもりだったんだ?」
「……そうだよ」
 言葉にされると、どうにも自虐癖のある人間のようだ。思わず頬に熱が昇る。これは、酒のせいではあるまい。
 だが、未熟な副リーダーとして、お門違いな怒りをぶつけた大人として、ティルに批判的だった身として、 ────ティルが、心置きなく悪感情をぶつけられる相手として。
「どうして自分を解放軍のリーダーに据えたのか」と八つ当たりを受けられるのは、自分だけだと思ったのだ。彼以外リーダーに相応しい者がいなかった、不甲斐ない大人の代表とまでは言わないが。
 笑いすぎたのか、ティルは眦を指で拭っていた。
「道理で、ビクトールがいないと思ったよ」
「別にいつも一緒に行動してるわけじゃないぞ」
「でも大体酒場で呑んでるじゃないか」
 そう言われると否定はできない。訓練で疲れれば、あるいは戦いを終えれば、つい酒場に足を向けてしまうのだから。もはや酒場に半ば棲みついているビクトールとそのたびに鉢合わせるので、結果として席を同じくしているだけだとしても。
「父さんのことは前から覚悟はしていたから、大丈夫だよ。別に、君のせいだとも思ってないしね」
「……テオ将軍のことだけじゃない」
 言い淀んで、フリックは視線を逸らした。
 解放軍のリーダーに祭り上げたのは周囲の大人全てで、それを受け入れたのはティル自身だとしても。理想的な解放軍のリーダー≠ナあれと迫り、監視者の目で見続けたのはフリックの責だった。
 だからこそ────いや、ティルのためといいつつ、ただフリックは安心したいのかもしれない。自分が彼を、親を手にかけてなお泣けないリーダーに仕立て上げたわけではないのだと。
 いっそ穏やかに、ティルは微笑んだ。
「……本当に、フリックが気に病む必要なんてないんだ。グレミオや、パーンのことも……解放軍のリーダーを引き受けなくたって、そう変わらないからさ」
「どういう意味だ?」
 聞き捨てならない言葉に、思わず語調がきつくなる。「言葉通りだよ」と答えたティルは、小さくため息をついた。
「……ちょっとだけ昔話をすると、昔から父さんは忙しくて、あまり家にいなかったんだ。母さんは小さい頃に亡くなったから、顔も覚えてないし。だから……こういう言い方が正しいのかわからないけど、僕にとってグレミオは母親代わりでもあった。クレオやパーンも、兄姉みたいなものだったしね。下手をすると、父さんより家族みたいに過ごした時間は長いかな」
 だったら────詰りそうになる自分を、どうにかフリックは抑え込んだ。
 今日、なんのために来たんだ。そう、自分に向けて胸中で呟く。
 また突っかかるつもりか。頭を冷やせ。
 通常の呼吸を装って、細く息を吐く。そうすると、少しは頭に昇った血が冷えたようだった。
 ティルは気づいていないのか、気づかないふりでいてくれたのか。グラスに残った酒を無意味に揺らしている。そして、唇を湿らせるほどの量を舐めた。
「でも、さ。どんなに僕が家族みたいだって思っても、グレミオは従者で、クレオたちは護衛なんだ」
 そしてティルは、帝国五将軍の地位にあるテオ・マクドールの嫡子だ。
 立場の違いを語る言葉に、普段のフリックなら反発したかもしれない。だが内容とは裏腹に、その声音は貴族にありがちな傲慢さなど欠片も纏っていなかった。
 親愛と、わずかに切なさの滲む響き。それは、ティルが久々に見せる痛みなのかもしれなかった。
 できたリーダーとしての顔を崩したいと思って、この場を設けたはずなのに。いざ仮面の下が垣間見えると、続く言葉さえ見失ってしまう。
 黙り込むフリックを気に留めず、ティルが口を開く。
「テッドも……、テッドの話はしたっけ?」
「ああ」
 ティルに紋章を託して、帝国軍に捕まったのだと聞いている。その後の消息は不明だが、おそらく望みは薄いだろう。
 先ほどまで真っ直ぐ向けられていた視線が伏せられる。
「大事な、親友なんだ。でも、テッドは、平民の孤児で。どんなに大事でも……ううん、大事だからこそ、かな。僕はグレミオたちを盾にしてでも、無事でいなきゃいけなかった」
「それは……」
「僕の命が優先されるのは当たり前で、僕は僕自身を大事にしなきゃいけない。できれば傷一つつかないように。誰かを庇うなんてもってのほかだ。……僕や父さんが許しても、周りが許さないから……」
 望んだ地位ではないとしても、ティルには生まれながらにして立場がついて回る。従者や護衛が主を守れなければ、よくて叱責、悪ければ物理的に首が飛ぶ。それに、主を大事に思えば思うほど、誰よりも本人が自分を許さないだろう。
「解放軍のリーダーとしても……僕は、死ぬわけにはいかない。勝つか、負けて首を落とされるまでは……」
 導いた責任を取るまでがリーダーの仕事だと、ティルは言外に告げる。
「……僕のために死んでこいなんて口が裂けても言えないけど、軍主としてなら命じられる。命じられなきゃ、いけないんだよ」
 そしてあの場で、テオ相手に時間稼ぎができて、自分のために死んでくれと言えるほど信頼関係があるのはパーンだけだった。そういう、ことだ。
「……ティル」
 ただ名前を呼ぶしかできないフリックに、ティルはふと我に返ったような表情になった。
「あ、いや、オデッサさんを否定するつもりはないんだ。えらそうなことを言ったけど、僕だってグレミオの時は……その、我を失った自覚はあるしね」
「わかってる」
 ……本当に、よくわかった。
 フリックはグラスをぐいと傾けた。わずかな雫が舌先を濡らし、かっと熱を持つ。だが、まだ足りない。瓶に残った酒を一気に注いで呷った。
 胃の腑が熱くなり、代わりに頭がどんどん冷えていった。
 ────つまるところ、オデッサに足りないのは、そういう冷徹さだったのだろう。
『ひとりの女としての立場を選んでしまった』と、死に瀕した彼女はビクトールに謝ったという。
 解放軍リーダーという立場にいる以上、オデッサの命は他に代えがたい重みがあった。あの当時の解放軍は、ただオデッサの志と熱意、行動力、そして覚悟によって支えられていたのだから。
 賢い彼女が、わかっていなかったはずがない。
 だがそれでも、目の前で殺される子どもの命を見過ごすことはできなかった。将来千人万人の民を救える可能性よりも、己の良心を取った。
 きっと、そこが彼女の限界だった。あのときオデッサが生き延びても、いつかどこかで命を落としていたのではないだろうか。
 今、解放軍の規模はかつての比ではない。既に帝国の領土を半分近く削るところまで来ている。国半分の命と期待を背負っているのだ。私情でその身を投げ出すような真似など許されない。
 ああ、だから、ティルは正しい。白く染めた布のように、染み一点もない立派なリーダーだ。
 だけど、どうしてだろうか。
 ティルが理想のリーダーに近づくほどに、胸の奥が軋むように痛む。
 その理由を、今フリックは理解した。
 だって、フリックは知っていたはずだ。オデッサが本当は心優しく、戦いを望む女性ではないことを。
 優しいからこそ、自分と同じ思いをする人を減らしたくて、民の絶望と悲嘆を放っておけなくて、解放軍を立ち上げた。
 そんな彼女だからこそ、好きになった。恋人であったフリックは、誰よりも彼女の強さの奥にしまい込まれた、脆く柔らかい部分を知っていたはずなのに。
 リーダーとしてのオデッサの輝きに魅せられて、目が眩んだ。
 オデッサに冷徹さが欠けているとわかっていて、支えることもその隙を埋めることもできなかったのは、紛れもなく自分たちの責だった。
 完璧な人間なんていない。リーダーに不足があるなら、周囲の人間がそれを埋めるべきだ。それもできずに、なにが仲間だろうか。 
 いつかオデッサを殺したのは、仲間たちであり、副リーダーであるフリックの力不足だったのだ。
「フリック?」
 心配げな声を掛けられて、はっとフリックは我に返った。
 急に黙りこくって、テーブルを睨み付けていたからだろう。ティルが、気遣わしげにこちらを覗き込んでいる。
 むしろ、今この城で今一番気遣われるべき立場だろうに。
 普段は大人顔負けの冷静さで、冷徹な判断も、冷酷な命令も下せるが、本来は優しく穏やかな少年なのだ。グレミオたちとのやり取りを見ていればわかる。情がない、はずがない。
 いや、もしかすると他よりも情が深いのかもしれない。────オデッサと、同じように。
 オデッサと違うのは、ティルは彼女よりも立派なリーダー≠体現できる素質があったことだろう。
 ティルは完璧になったわけじゃない。完璧に振る舞うことを覚えただけだ。
 ────周りの人間が、立場が、そうさせた。
 家族同然の相手を次々に亡くし、国一つの命運を背負って立つティルに比べて、補佐するべき副リーダーの自分と来たらどうだ。
 支えるどころか、頼ってももらえないのは不甲斐ないからだ。はけ口くらいにはなれるかと思っていたのに、感情をぶつけてもらうことすらできないこの身は。
 情けない、なんてもんじゃない。
 深く、フリックは嘆息した。
「いや……悪いな、ちょっと考え事してただけだ」
「そう。ならいいけど……顔色が悪いよ。そろそろ、休んだ方がいいんじゃないかな」
 疲れただろう、と少年が微笑む。その凪いだ顔がむしろ、彼がこれまで負ってきただろう傷の痛みを想起させた。
 ああ、とフリックは胸の内で呟いた。
 オデッサも。あの凛とした強さも眩しいほどの熱意も、傷と苦しみの裏返しだったのだろうか。
 今になって気づくとは、本当に未熟なだけの副リーダーで、恋人だった。
 そんな自分でも、まだできることがある。
 彼女のことを悼むなら、彼女の死を無為にしたくないのなら。後悔を、反省を、次に繋げなければならないのだ。
「そう、だな……。悪かったな、急に押しかけて。おまえも疲れただろ」
「いい気分転換になったよ。ありがとう、フリック」
 席を立ったフリックを、ティルが見送ってくれる。部屋を出る前に、一度だけ振り返った。
 出会った頃の、まだ子どもらしさが残っていた少年の面影が脳裏をよぎる。
 テオ将軍を斃した今、解放軍の勢力は帝国軍を上回った。夢物語のようだった目標が、既に手の届くところまで来ている。彼は帝国を打ち倒すまで、解放軍のリーダーであらねばならない。
 そう、だからこそ。
 取り返しがつかなくなる前に気づけたのは僥倖だった。
 過去は消えなくても、未来は変えられる。いや、変えたい、と願う。完璧なリーダー≠ネんてものにしてなるものか。
 オデッサの代わりでもなく、解放軍のリーダー、というだけでもなく。
 たった一人で立つ、ティル・マクドールという少年を。
 今心から、支えたい、と思った。

[#]
幻水108題 096. 補佐役



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